2025年、大阪・関西万博の会場を未来的なデザインで彩った電気バスたち。本来であれば、閉幕後の2026年は大阪の街を走る「市民の足」として第二の人生を歩んでいるはずだった。
しかし今、大阪湾岸の広大な敷地には、行き場を失った約150台ものバスが静かに並べられている。業界用語でいう「塩漬け」状態だ。
その車体に刻まれているのは、中国の巨大企業BYDのロゴではない。日本のスタートアップ企業、「EVモーターズ・ジャパン(EVMJ)」の名だ。「日本企業が監修した安心のバス」という触れ込みで登場したこの車両が、なぜ今、産業廃棄物同然の扱いを受けているのか。
その背景には、単なる「故障」という言葉では片付けられない、日本のモノづくりの空洞化と、安全神話の崩壊があった。
「中国製のEVバスには問題がある」
この噂は以前からあった。しかし、業界最大手のBYDと、日本のEVMJが抱えた問題の「質」は、天と地ほど違っていた。この違いを理解することが、今回の騒動の本質だ。
BYDも無傷ではない。2023年には六価クロムの使用が発覚し、2025年末には「駐車ブレーキ解除用工具の未搭載」などでリコールを出した。
しかし、これらはあくまで「法規制への適合ミス」や「装備品の不足」だ。車両の心臓部であるモーターやバッテリー、走行性能そのものは世界中で何万台も運用され、揉まれてきた実績がある。「直せば走れる」工業製品としての完成度は保たれていた。
対して、EVMJのバスで露呈したのは「自動車としての基本性能の欠落」だった。
現場のドライバーたちが「怖くて乗れない」と悲鳴を上げた理由は、リコール内容を見れば一目瞭然だ。
「装備が足りない」BYDに対し、EVMJは「走る・曲がる・止まるが保証できない」状態だったのだ。
EVMJは日本の会社だ。なぜこれほど初歩的な設計ミスが起きたのか。その原因は、彼らのビジネスモデルにある。
EVMJは自社工場を持たず(あるいは稼働が追いつかず)、製造を中国の「Wisdom(ウィズダム)」社などの中小メーカーに委託していた。いわゆる「ファブレスメーカー」だ。彼らは「日本の技術者が監修しているから高品質」と謳っていたが、実態は違った。
「納期優先」の圧力があったのか、それとも「チェックする能力」自体が不足していたのか。いずれにせよ、「日本ブランドの皮を被った、品質管理の甘い中国製バス」が大量に公道へ放たれた事実は重い。
この問題が社会問題化した最大の要因は、そこに「税金」と「公共性」が絡んでいるからだ。
大阪メトロは、万博輸送のために約150台ものEVMJ製バスを導入した。計画では、閉幕後にこれらを路線バスへ転用し、脱炭素化の旗印にするはずだった。
しかし、前述のブレーキ欠陥や事故報告を受け、現場の空気は一変した。労働組合側からの強い反発もあり、「こんな危険なバスにお客さんを乗せられない」という結論に至りつつある。
数十億円規模の投資が行われたバスが、売ることも使うこともできず、大阪の空き地で雨ざらしになっている。これが、SNSで話題になっている「塩漬け写真」の正体だ。
かつて日本人は、「中国製は安かろう悪かろう」「日本製なら安心」という固定観念を持っていた。しかし今回の事件は、その神話を残酷なまでに打ち砕いた。
皮肉なことに、垂直統合で自社一貫生産を行う中国大手(BYD)の方が、製品としての安全性は高く、日本企業が企画・監修したはずの製品が欠陥だらけだったのだ。
2026年、EVMJは全車両の改修と信頼回復という、極めて険しい道を歩むことになる。
「日本ブランド」という看板だけで商売ができる時代は終わった。この大量の「動かないバス」は、日本のモノづくりと調達のあり方に、重い教訓を突きつけている。