6月末、国土交通省が事故車修理の標準作業時間の調査結果を公表しました。国内で広く使われている自研指数と、ドイツの会社が作ったCAB工数を並べたもので、「1.5倍」「2.75倍」という数字はここから出ています。
同じ資料には、この数字を根拠に修理費の交渉をしないよう注意が書かれています。2つの数字は、どちらも同じ1枚の表から出ています。
損害保険会社との協定で出せるものは、国交省が別に示しています。指数そのものの改定は、まだ決まっていません。
出どころは、令和8年6月24日に国交省が出した「事故車修理の標準作業時間 調査結果について」です。事故車の修理工賃は、一般には標準作業時間に工賃単価を掛けて決まります。その標準作業時間として広く使われている自研指数について、「この指数の時間では終えられない作業がある」という車体整備事業者の声が国交省に届いていました。国交省が第三者の立場で調べました。
比較の相手に選ばれたのが、世界各国の自動車メーカーから標準作業時間づくりを請け負っているドイツの会社、CABです。国交省はこのCABに標準作業時間を新しく作らせたうえで(CAB工数)、自研指数と並べました。CAB社との調整はテュフ ラインランド ジャパンに委託しています。対象はトヨタ ヤリス、レクサス IS300h、レクサス NX450h+ の3車種。修理マニュアルを読み込む必要があるため1メーカーに絞った、と書かれています。
板金作業(この調査では脱着・取替)の結果がこれです。左がCAB工数、括弧の中が自研指数で、単位は時間です。
| 作業 | ヤリス | IS300h | NX450h+ |
|---|---|---|---|
| ① エキゾーストテールパイプAssy | 0.4(0.2) | 0.5(0.2) | 0.4(0.2) |
| ② エキゾーストパイプ系 | 0.9(0.5) | 1.4(0.9) | 1.1(0.4) |
| ③ 片側クォータパネル ほか取替 | 12.1(8.1) | 27.4(18.8) | 17.3(12.2) |
| ④ ボデーロワバックパネル ほか取替 | 12.3(5.7) | 10.6(6.2) | 7.6(6.6) |
| ⑤ ラジエータサポート ほか取替 | 25.9(15.0) | 40.1(27.5) | 33.6(27.2) |
①②はマフラー周りで、国交省が「軽微で単純比較しやすい作業」として選んだものです。③④⑤は「中~大ダメージで頻度が高い作業」。車種によって取替か脱着かが分かれ、リヤバンパーカバーやリアシートを含むかどうかも揃っていないので、横に並んだ3つの数字は車種の比較になりません。
表の15マスで倍率がいちばん大きいのは②のNX450h+で、CAB工数1.1時間に対して自研指数0.4時間。2.75倍です。日刊自動車新聞が見出しに採った「最大2.75倍」は、この1マスを指しています。
「月刊ボデーショップレポート」を出しているプロトリオスは、8月4日の告知でこの結果を「事故を想定した複数工程の工数において、CAB工数がJKC指数の約1.5倍に達する」と紹介しました。複数の部品をまとめて扱う③④⑤を3車種分そのまま足すと、CAB工数186.9時間に対して自研指数127.3時間で1.47倍になります。
国交省の資料には「倍」という字が1文字も出てきません。1.5倍も2.75倍も、外から付けられた倍率です。6月の公表物にほかの数値比較はないので、どちらもこの表から出た倍率と考えられます。
塗装作業では、9部位×3車種の27マスのうち、CAB工数が自研指数を上回るのは25マス。差はヤリスのボンネットで7.2対6.2、ロッカパネルで7.1対5.5といった幅で、板金作業ほど開きません。しかもルーフパネルでは、IS300hが9.4対9.5、NX450h+が9.5対10.9と、自研指数のほうが長くなっています。国交省も「塗装作業においては、差異は小さい傾向」と書いています。
差が出たのは、2つの時間の作り方が違うからです。
自研センターは指数の前提条件を公表しています。車両は「1~2年使用(2~3万キロ走行)、汚れ、錆付は軽度な車両」。作業者は「実務経験3年程度の技能を持った者」で、補修塗装だけは実務経験5年または金属塗装技能検定2級程度。工場は、認証工場設備基準の機械設備に加えてスポット・アーク・ガスの各溶接機と簡易ボデー修正機を持つ一般的な整備工場で、内板骨格修正指数はさらに、4点固定で多点引きができる修正機を前提にしています。部品は、原則としてパーツカタログに載っていて、メーカー出荷状態で損傷のないもの。この条件のもとで、最小単位の作業ごとに出した基表値を組み合わせて時間を決めています。
CAB工数のほうは、国交省の資料によれば「車両の状態や作業者の経験年数などについて一定の条件を置くこと無く、実際の事故車修理の計測結果」から作られています。板金作業だけで40,000時間以上の計測が元になっています。CABはそれを最小の作業項目に分け、組み合わせて1つの標準作業時間を出します。ヤリスの場合は2,204種類です。
新車に近い車を、決められた経験年数の工員が直す前提で組んだ時間と、条件を置かずに実測から積み上げた時間。この2つを並べたのが、先の表です。「同条件での比較が困難である」と断り、「過去に決定された作業時間やその妥当性を評価することを目的としたものではない」と国交省が書いているのはそのためです。そのうえで国交省は、この調査がCAB工数と自研指数の優劣を決めるものでも、自研指数の妥当性を否定するものでもない、と続けています。
入庫してきた車が10年落ちで、下回りが錆びていて、融雪剤を洗ってから作業に入るなら、その車は、自研指数が前提にしている車両の状態とは違います。
自研センターの説明も、国交省の資料に載っています。事故車の修理で一緒にやることが多い作業では、準備やリフトアップといった付帯作業の時間を二重に数えないよう、関連する別の作業のほうに入れて時間を決めている場合がある——という説明です。CAB工数は作業内容ごとに付帯作業を設定し、重複したら削る考え方だと国交省は書いています。
実際に照らし合わせたのが表の①、ヤリスのエキゾーストテールパイプAssy取替です。CAB側が内訳を開示し、自研センターが検証したところ、車両のリフトアップの時間は自研指数のこの作業項目には無く、リアバンパーに7.0分、溶接パネル取替に4.0分と、別の作業項目に入っていました。項目を揃えたうえで、それぞれの考え方による余裕率をかけ、端数を処理して時間に換算すると、2方式とも0.4になり、差は消えます。
この説明が当てはまるのは、リアバンパーや溶接パネルの取替を同時にやる修理に限ります。前提にあるのは「一般的に同時に実施される作業」だからです。
日本自動車車体整備協同組合連合会(日車協連)は6月26日に見解を出しました。指数の内訳も根拠も、車体整備業界には長く明かされてこなかった。リフトアップの時間が別の指数に入っていると分かったのも、国交省の調査で指摘された後である。それを前から当然に含んでいたかのように説明されては、強い違和感がある——という内容です。日車協連は令和7年度に独自の実測(補修塗装作業工数の草案作成)も行っていて、現場の実態と自研センターの指数設定には依然として大きな乖離があると書いています。
損害保険会社との協定で「その付帯作業は別の指数に入っている」と言われたら、確かめることが2つあります。どの作業項目に入っているのか。その作業項目を今回の修理でも計上しているのか。噛み合っていなければ、その付帯作業の時間が今回の見積りのどこに入っているのかを説明してもらいます。
国交省は、工場に向けた注意を3つ並べています。1つめは、車両の状態や修理方法によって自研指数の時間内に作業が終わらない場合は、損害保険会社と個別に交渉すること。
2つめは交渉のやり方です。
本調査における比較結果はあくまでも一定の条件下における参考値であり、個別事案における作業時間を裏付ける資料として用いることは適当ではないため、本調査結果を根拠として、例えば自研指数の○○%増といった修理費の提示や交渉を行うのではなく、損害保険会社や顧客に対し透明性をもって作業時間の妥当性にかかる説明を行うこと。また、 「車体整備の消費者に対する透明性確保に向けたガイドライン」や「車体整備事業者による適切な価格交渉を促進するための指針」にも留意すること。
限られた車種と作業項目を比べた結果なので、ほかの車種や作業にはそのまま当てはめられません。
国交省は「自研指数の○○%増」を例に挙げて、この使い方を止めています。
3つめは、損害保険会社の不合理な説明で交渉が進まない場合に、国交省の情報提供窓口に情報を入れること。
国交省が代わりに挙げているのが、この注意にある「車体整備事業者による適切な価格交渉を促進するための指針」です。令和7年3月4日に出ています。
指針の前に、公正取引委員会が令和5年に特別調査をしています。回答した4,707者を業種別に見たとき、値上げを求めた額の1割も認めてもらえなかった事業者の割合が最も高かったのが自動車整備業で、41.5%でした。
指針の「標準的な作業時間と実態を踏まえた価格請求」の項はこうです。
車両状態が悪い場合(ボルトが腐食している等)や、付随作業(降雪地における融雪剤の洗浄等)が発生するときは、作業条件が「指数」で設定する工数の前提と異なり、作業者の経験・知識にかかわらず作業時間が延びることがある。このような場合には、損害保険会社にその旨を丁寧に説明するとともに、実際に要した作業時間を客観的に示して当該時間に応じた価格を請求すること。
交渉に出すのは、自社の1台の実測時間です。
指針は、「指数」に含まれているとされる付随作業(塗装作業前のマスキングなど)についても、本体の作業と同じかそれ以上に時間がかかるなら、指数に含めたままでよいか検討するよう書いています。
客観的に示すための様式も指針に付いています。「見積書・領収書」と「作業記録簿」の標準様式が別紙1・別紙2として添えられていて、これを基本としつつ自社で項目を足し引きしてよいことになっています。注意も付いています。複数の価格項目を1つの大項目にまとめることや、合計から「総額値引き」をすることは、各費用の妥当性と透明性を失わせるおそれがある。無料にする費目があっても欄は消さず「0円」と書く。メーカーの修理仕様書どおりに作業しなかった場合や、違う方法で作業した場合は、そのことを作業記録簿に書いて損保に説明する、という指示も入っています。
指針は工場側にも求めています。前提条件を満たしてもなお実際の作業時間が指数と大きく離れるなら、作業員の技術を上げる、作業場を片づけるといった生産性のほうも見直すこと、と脚注にあります。
交渉が長引いたときの目安も決まっています。話が食い違ったとはっきりしてから1週間以内に進展が見込めないと分かった時点で、依頼者に自社の見積りを説明し、損害保険会社が出す保険金では修理できないと伝えて判断を仰ぐ、と指針は書いています。
情報提供窓口は令和6年7月からあります。どういう場合に使うかは、指針が例を挙げて書いています。
損害保険会社の査定担当(アジャスター)や担当拠店に対して合理的な説明を行ったにもかかわらず、「アジャスターや担当拠店には決定権がない」、「地域相場で決まっている」、「他社にもこの価格でお願いしている」など、不合理な説明により交渉が進まない場合には、国土交通省が設置する窓口に情報提供すること
同じ指針の脚注に、この窓口が何をしないかも書かれています。窓口は個別のトラブル処理や調査には対応せず、提供した情報について調査や施策検討をしたかどうか、その経過や結果も回答しません。
指数そのものへの情報提供先も決まっています。前提条件を満たしてもどうしても時間内に終わらない指数がある場合は、対象車両の車名・型式、具体的な作業内容、乖離の原因と考えられる理由を添えて、自研センターか国交省の窓口へ情報を出すように、と指針は書いています。
指数そのものがこれからどうなるかは、まだ決まっていません。6月の発表が指数について示したのは、自研センター・損害保険会社・工場などで対話をすることと、標準作業時間の調査を令和8年度以降も続けることの2つで、改定の時期にも幅にも触れていません。
いま手元で決められることが1つあります。令和8年度 自動車車体整備業界の基礎統計調査で、回答期間は7月31日から始まりました。回答期限は2026年9月25日です。
この統計は第1回で、車体整備業界の全事業者・全事業場を対象にした全数調査です。実施方針の報告書は、この統計の役割の1つに「関係者間の価格交渉の基礎資料」を挙げています。設問には、レバレート(工賃単価)の決め方、労務費の構成比、工員の年齢・作業種別・経験年数・在籍年数・年収の幅ごとの人数、外注のレス率について交渉の有無・交渉されていない理由・交渉結果の満足度まで入っています。
対象は「車体整備業界の全事業者/事業場(取次事業者/事業場含む)」。報告書は取次店を「車体整備に必要な設備・工員を保有していない外注100%の事業者」と定義し、設備・人材の設問を除いた範囲を答えてもらうとしています。つまり、鈑金の設備を持たず、直受けした事故車を100%外注に回している工場もこの調査の対象で、答える設問が減るだけです。
回答は、所属している組織や使っているシステムから案内が来るWebの調査画面で行います。一時保存もできます。事務局は国交省と委託先の合同会社デロイト トーマツで、問い合わせ先は 0120-829-634(平日9時30分~17時30分)と survey_shataiseibi@tohmatsu.co.jp。答えた内容は統計法で守られ、事務局が集計してから公表されます。政府が行う統計調査以外の目的に使われることも、外に渡されることもありません。
集計結果の公表は11月の予定です。自分の工場の数字がこの第1回に入るかどうかは、9月25日までに回答したかどうかで決まります。
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国交省が示した関係者間の対話と、令和8年度以降も続く標準作業時間の調査については、整備士オンラインは追っていきます。
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