「最近、リフトに上げるのはミニバンや軽自動車、エコカーばかり。足回りの消耗品交換や車検の手続きを淡々とこなす日々で、正直、クルマ弄りの“あの頃のワクワク”を忘れかけている……」
もしあなたがそんな風に感じているベテラン整備士や、昭和・平成の熱い自動車カルチャーを駆け抜けた車好きなら、今すぐスマホの手を止めて、ホンダが公開した新型プレリュードのプロモーション映像「爽快と悦楽のハイブリッド」篇をじっくり観てほしい。
一見するとスタイリッシュな最新クーペの紹介映像だが、実はその裏側に、当時を知る人間なら思わずニヤリとしてしまう「ホンダからの暗号」が大量に仕込まれている。単なる最新モデルの宣伝と片付けるには、あまりにもエモーショナルなそのディテールを、整備の現場目線とマーケターの視点から解き明かしていこう。
映像が始まった瞬間、胸の奥がざわついた人も多いはずだ。画面から流れる空気感、そして小気味よく響く音の演出。そう, 1980年代に2代目(AB型)や3代目(BA型)プレリュードのテレビCMで日本中を魅了した、あの都会的で洗練されたBGMへのオマージュが、現代風のアレンジで見事にリメイクされている。
当時は「デートカー」の代名詞として一世を風靡し、「助手席のリクライニングレバーが運転席側にも付いている」というギミックが若者の間で語り草になった時代。クルマが単なる移動手段ではなく、文字通り「憧れとプライドの象徴」だったあの頃の記憶が、音一つで鮮烈に蘇ってくる。
さらにホンダの遊び心は、画面に映り込むナンバープレート風の表記にまで及んでいる。一瞬のカットを一時停止してみると、そこには驚くべき文字列が刻まれていた。
「新しいクーペを作りました」というビジネスライクな発表ではない。彼らは「俺たちが紡いできたプレリュードの歴史をすべて背負って、今ここに復活させたんだ」という開発陣の並々ならぬ執念を、この数文字の暗号に凝縮させているのだ。
ここで少し、当時の整備工場に時計の針を戻させてほしい。
かつてのプレリュード、特に3代目のBA5などをリアルタイムで触っていた職人なら、苦笑いと共に思い出すエンジンの顔つきがあるだろう。FF(フロントエンジン・フロントドライブ)でありながら、地を傷うような低いボンネットフードを実現するため、エンジン(B20A型)を後ろ側に傾けてマウントする超絶パッケージを採用していた。
さらに、贅沢極まりないインホイールタイプのダブルウィッシュボーンサスペンションや、複雑な4WS(四輪操舵)のリンク機構。
「格好いいけど、エンジンルームが狭くて工具が入らない!」
「4WSのアライメント調整、めちゃくちゃシビアで泣かされたなぁ」
なんて、当時の「整備性泣かせ」な構造に手を焼いた記憶も、今となっては誇らしく、愛おしい思い出だ。
今回の新型プレリュードは、現代の厳しい安全基準をクリアし、重いハイブリッドシステムやバッテリーを搭載しながらも、あの頃のプレリュードが持っていた「低く、ワイドで、どこから見ても美しいクーペプロポーション」を現代の技術で見事に再現している。実物を見ると、当時のデザイナーや設計者が執念でロー&ワイドを追求したあのスピリットが、令和の骨格にもしっかりと息づいているのがよく分かる。
では、肝心の走りの方はどうなのか。プロモーション映像では、現役F1ドライバーである角田裕毅選手が新型プレリュードのステアリングを握り、サーキットを軽快に駆け抜ける姿が描かれている。
ここで登場するキーワードが、ホンダの最新技術「Honda S+ Shift(エスプラス シフト)」だ。
燃費のために効率よく走るだけの退屈なハイブリッド車(e:HEV)とは一線を画し、まるでマニュアル車を操っているかのような、ダイレクトな変速フィールと高揚感をドライバーにフィードバックするシステム。CVT特有の「エンジン音だけが先走るラバーバンド感」とは無縁の、「どこまでも踏みたくなる、ホンダらしい変速の快感」をあえてギミックとして仕込んできた。
実用性最優先の現代において、2L直列4気筒のe:HEVをベースにした進化型スポーツハイブリッド、そして磨き上げられた2ドアクーペというパッケージは、ハッキリ言って「贅沢品」だ。車両価格も400万円台後半から500万円超というプレミアムな価格帯になると予測されているが、それだけの価値がある「大人の趣味グルマ」として仕上がっていることは、この映像の熱量を見れば一目瞭然だろう。
ホンダが今、あえてこの電動化の時代に「プレリュード」の名を復活させた理由。それは、無難なエコカーやミニバンばかりが売れる市場に対して、「効率だけを求めるモビリティなんてつまらない。ホンダには、走りのロマンが必要だ」という、ブランドの強烈な自己主張に他ならない。
新型プレリュードの映像は、単なる車の宣伝広告ではない。私たちの「あの頃の熱い記憶」を呼び覚まし、これからの未来もクルマは面白いぞと教えてくれる、ホンダからの粋なメッセージだ。
明日、出勤したら工場の若いメカニックにこう問いかけてみてはどうだろう。
「おい、新しく出るプレリュードの映像、ナンバープレートの文字の意味知ってるか?」
あるいは、長年お店を贔屓にしてくれている同世代の常連客が車検の引き取りに来た際、
「そういえばプレリュードが復活するみたいですね。昔、BA型が街を走ってた頃は……」
と切り出してみるのも素敵だ。
最新のハイブリッド技術に圧倒されつつも、その根底に流れるのは、私たちが若い頃に憧れたあの「ホンダ・スピリット」そのもの。実車が目の前のリフトに上がってくる日を楽しみに待ちながら、今夜はもう一度、あの映像を細部までじっくり答え合わせしてみてほしい。