「車検に出した愛車、誰が整備しているか顔を見たことはありますか?」
もしあなたが久しぶりに工場のピットを覗いたなら、その光景の変化に驚くかもしれない。油と機械音が交錯する日本の自動車整備工場で、今、静かながらも劇的な「地殻変動」が起きている。
長年、日本の安全神話を支えてきたベテラン整備士たちの姿が減り、和製英語ではない流暢な日本語と真剣な眼差しでボンネットを覗き込む、アジアの若きメカニックたちが急増しているのだ。彼らは単なる「助っ人」ではない。今や日本の交通インフラを底で支える、欠かせない“戦力”となりつつある。
数字は残酷な現実を突きつけている。日本自動車整備振興会連合会のデータによれば、2024年時点で全国の自動車整備士は約32万人。ピーク時から5万人以上も激減した。さらに深刻なのはその中身だ。平均年齢は45歳を超え、現場の高齢化は止まらない。
かつてクルマは若者の憧れだったが、今や「若者のクルマ離れ」に加え、整備士という職業自体が敬遠されがちだ。「夏は暑く冬は寒い工場」「油まみれの重労働」「命を預かる責任の重さに対して低い賃金水準」。これらの要因が重なり、整備士養成学校の定員割れが常態化している。
地方に行けば状況はさらに切実だ。1人の資格者が複数の店舗を掛け持ちし、法的点検のハンコを押すために走り回る――そんな綱渡りのような運営を強いられている工場も珍しくない。「修理を頼みたいが、予約は2ヶ月先」という事態が、すぐそこまで迫っているのだ。
そのポッカリと空いた穴を埋めるように現れたのが、ベトナム、インドネシア、ミャンマー、フィリピンなどから来日した外国人メカニックたちである。
彼らの多くは、技能実習制度や、より専門性の高い「特定技能制度」を利用して来日している。彼らのハングリー精神は凄まじい。「母国で自分の店を持ちたい」「日本の高度なハイブリッド技術を学びたい」という明確な夢を持ち、目を輝かせながらスパナを握る。
特に特定技能制度の下で働く人材は、即戦力としての期待が高い。日本語能力試験と自動車整備技能試験というハードルをクリアしているため、基礎知識は担保されている。大手ディーラーやカー用品店でも、彼らの採用はもはや「特別なこと」ではなくなりつつある。
しかし、美談だけで済ませるわけにはいかない。現場では、国境を越えたからこそ生じる摩擦やデメリットも確実に存在する。
日常会話は問題なくても、整備特有のコミュニケーションは難易度が高い。「アッセンブリ(Assy)」や「トルク管理」といった専門用語に加え、日本特有の擬音語が彼らを悩ませる。「エンジンからカラカラ音がする」「ハンドルがガタつく」といった、顧客の曖昧な訴えを正確に故障診断に結びつけるには、高度な日本語力と経験が必要だ。ここでの認識齟齬は、整備ミスに直結するリスクを孕んでいる。
彼らが日本の国家資格である「二級整備士」を取得するのは至難の業だ。漢字の読み書きを含む筆記試験の壁は厚く、優秀な腕を持っていても「無資格」扱いとなり、できる作業範囲が制限されてしまう。また、せっかく育てても在留期間満了で帰国せざるを得ないケースもあり、「教育コストが無駄になる」と嘆く経営者もいる。
「道具は使ったら元の場所へ」「先輩の動きを見て察する」。日本の職人現場特有の暗黙のルールや厳しい上下関係に馴染めず、孤立してしまうケースもある。また、一部の顧客から「外国人に任せて大丈夫か」という偏見の目を向けられることも、彼らにとっては大きなストレスとなる。
それでも、取材を進めると聞こえてくるのは、彼らに対する称賛の声だ。
「彼らがいなければ、うちはもう廃業していたよ」
ある地方の整備工場社長はそう笑う。部品交換(アッセンブリ交換)が主流になった日本と違い、彼らの母国では「壊れたら直す」が基本。そのため、手先が驚くほど器用で、ベテランも舌を巻くほどの修理技術を見せる若者もいるという。
政府もようやく本腰を入れ始めた。2023年、「特定技能2号」の対象分野拡大により、熟練した外国人整備士が事実上の「永住」に近い形で働ける道が開かれた。これは彼らを「一時的な労働力」としてではなく、「将来の幹部候補」として迎え入れる準備が整ったことを意味する。
外国人メカニックが増えることのメリットは、単なる人手不足解消だけではない。
ボルト一本を締めるその責任感に、国籍は関係ない。
言葉の壁を越え、油にまみれて働く彼らの手は、かつて日本の高度経済成長を支えた職人たちの手と重なる。新たな仲間を迎え入れた日本の整備業界は、多様性という新しいエンジンを積み、次の時代へと走り出しているのだ。