『ワイルド・スピード』や『マトリックス』などのアクション映画で、パトカーが逃走車の前に先回りし、ジャラッ!と金属製のマットを広げるシーンを見たことがあるだろうか。次の瞬間、逃走車のタイヤが派手にバーストし、火花を散らしながら停車する——。
この装置は「スパイク・ストリップ(Spike Strip)」と呼ばれ、アメリカを中心とした警察組織で広く採用されている。しかし、現実の運用は映画ほど単純ではない。そこには、時速100kmを超える鉄の塊を「安全に」止めるための、驚くほど緻密な物理学と、命がけの運用マニュアルが存在するのだ。
今回は、知られざる「スパイク・ストリップ」の仕組みと、進化する強制停止テクノロジーの世界へご案内しよう。
多くの人が誤解しているが、スパイク・ストリップの目的は「タイヤを破裂(バースト)させること」ではない。高速走行中の車が突然バーストすれば、制御不能となり横転や大事故を招く。これでは犯人だけでなく、周囲の一般車両や警察官まで危険に晒してしまう。
現代のスパイク・ストリップ(代表的な製品に『Stop Stick』などがある)の真の目的は、「制御された減圧」である。
スパイク・ストリップのトゲ(スパイク)は、単なる鋭利な針ではない。実は、注射針のような中空構造(ストロー状)になっている。
豆知識:
かつての旧式モデルや、軍事基地・重要施設のゲートにあるような「地雷のようなトゲ(Tyre Killer)」はタイヤを即座に破壊する威力があるが、公道での追跡劇には危険すぎるため、現在パトカーに積まれているのはこの「中空分離型」が主流である。
仕組みは安全でも、それを使う人間には危険が伴う。アメリカの警察官にとって、スパイク・ストリップの設置は最も緊張する瞬間の一つだ。
犯人は死に物狂いで逃走しており、時には警察官を轢こうと向かってくることもある。そのため、設置には厳格な手順がある。
一方、銃撃戦や時速150km超のカーチェイスが日常的ではない日本では、運用思想が少し異なる。
日本の警察や自衛隊、重要防護施設では、「とまるくん」などの名称で知られる強制停止装置が使われることが多い。
「警察官が道路に出て投げる」というリスクを排除するため、テクノロジーは急速に進化している。SFのような最新ガジェットをいくつか紹介しよう。
スーツケースのような箱を道路脇に置いておくだけの装置。リモコンのボタンを押すと、バネの力で瞬時にスパイクマットが道路上に射出され、使用後は自動で巻き取られる。警察官は安全な距離から操作が可能だ。
近年、アメリカで注目されているのが『The Grappler』だ。パトカーのフロントバンパーに設置されたY字型のネットランチャーである。
無理に止めようとするからカーチェイスが過激化する、という考えから生まれたのがこれだ。パトカーのフロントグリルから、粘着質のGPS発信機を弾丸のように発射し、逃走車に付着させる。これにより、パトカーは距離を取って追跡でき、犯人が油断して車を停めたところを確保する。
スパイク・ストリップは、単なる「トゲ付きのマット」ではない。それは、「暴走する数トンの質量を、いかに死者を出さずに止めるか」という物理学的課題への回答であり、日々進化を続ける治安維持技術の結晶である。
次回アクション映画でこの装置を見る時は、「あの中空の針が空気を逃しているんだな」と思い出してみてほしい。派手なクラッシュシーンの裏にある、緻密な安全設計と警察官の職人技が見えてくるはずだ。