映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』で炎のタイヤ痕を残し、次元を超えるタイムマシン。そのベースとなった車、「デロリアン DMC-12」は、単なる劇中車ではありません。そこには、一人の天才の野望と挫折、そして事実は小説よりも奇なりと言えるほどの波乱万丈なドラマが隠されています。
この車の生みの親、ジョン・ザッカリー・デロリアンは、かつてゼネラルモーターズ(GM)で最年少副社長にまで登り詰めたエリート中のエリートでした。しかし、巨大組織の保守的な姿勢に嫌気がさした彼は、「理想の安全、長寿命、エシカルなスポーツカーを作る」という夢を掲げ、1975年に自ら「デロリアン・モーター・カンパニー(DMC)」を設立します。
彼が求めたのは、既存の車とは一線を画す革新性でした。
この未来的なルックスは、1981年の発売当時、世界中に大きな衝撃を与えました。

デロリアンの製造工場が建てられたのは、当時紛争の火種が絶えなかった北アイルランドのダンマリーでした。イギリス政府から多額の補助金を引き出し、雇用を生み出すことで平和に貢献するという大義名分もありましたが、未熟な作業員による製造は困難を極めました。
また、当初の理想と現実には乖離(かいり)が生じます。
さらに、不運なことに当時の世界的な不況が追い打ちをかけ、在庫は積み上がっていきました。

1982年、追い詰められたジョン・デロリアンをさらなる悲劇が襲います。資金繰りに行き詰まった彼は、麻薬密売の容疑でFBIに逮捕されてしまうのです(後に「囮捜査」であったとして無罪を勝ち取りますが、時すでに遅し)。
こちらは後に映画『ジョン・デロリアン』として世界に知ら示られることとなります。
このスキャンダルが決定打となり、DMCは倒産。工場は閉鎖され、わずか約9,000台の生産でデロリアンの歴史は幕を閉じました。こうしてDMC-12は、「失敗したスポーツカー」として歴史の闇に消えるはずでした。

倒産から3年後の1985年、運命が劇的に変わります。映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の公開です。
実は、初期の脚本ではタイムマシンは「冷蔵庫」の予定でした。しかし、「移動できたほうが面白い」「宇宙船と見間違えられるような風貌の車を」という監督たちのアイデアにより、デロリアンが選ばれたのです。
映画の世界的大ヒットにより、デロリアンは「悲劇の車」から「世界で最も有名なタイムマシン」へと変貌を遂げました。会社が潰れた後にその価値が認められるという、皮肉な逆転劇が起こったのです。

現在、世界には約6,000台のデロリアンが現存していると言われています。
現在、テキサス州にある「新生DMC」は、かつての純正パーツを大量に保有し、フルレストアや修理を請け負っています。また、近年ではEV(電気自動車)としての新型デロリアン「Alpha5」のプロジェクトも進行しており、そのアイコニックなシルエットは21世紀の道路にも刻まれようとしています。
| 項目 | 現実のDMC-12 | 映画の中のデロリアン |
|---|---|---|
| エンジン | 2.8L V6 SOHC | 次元転移装置(ミスター・フュージョン) |
| 最高速度 | 約170km/h(公称) | 88マイル(141km/h)で時空を超える |
| ボディ素材 | ステンレス | ステンレス(次元転移に不可欠な設定) |
| 燃料 | 無鉛ガソリン | プルトニウム / 生ゴミ / 雷 |
ジョン・デロリアンが夢見た「未来」は、一度は崩れ去りました。しかし、スクリーンの中で時を超えたその瞬間から、DMC-12は永遠の命を手に入れました。
ステンレスの輝きと、天高く上がるガルウィング。その姿を見るたびに、私たちは「未来は自分で作るものだ」というドクの言葉を思い出すのです。