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    世界初のスピード違反は時速13km―なぜそれが犯罪だったのか

    整備士オンライン編集部
    2025年11月26日 22:20
    約11分
    世界初のスピード違反は時速13km―なぜそれが犯罪だったのか

    目次

    前代未聞の「カーチェイス」
    怪物扱いされた自動車と「赤旗法」
    たった1シリングの罰金が変えた未来
    現代につながる「解放」の走り

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    1896年1月28日、イギリス・ケント州で一人の男が速度超過で有罪になりました。記録に残る限り、世界で最初の一人です。捕まえたのは、自転車で追いかけてきた地元の巡査でした。

    出ていた速度は時速13km(8マイル)。自転車に追いつかれる速さですが、当時のイギリスの法律では制限速度の4倍を超えています。

    しかもこの法律が課していたのは、速度の上限だけではありませんでした。運転者はある人物を先に立てなければ公道へ出られません。男はその日、連れていませんでした。

    判決から1年と経たないうちに、この法律は姿を消します。今日、私たちが高速道路で時速100kmを出せることの出発点は、1896年のケント州の田舎道にありました。

    前代未聞の「カーチェイス」

    ハンドルを握っていたのは、ウォルター・アーノルド氏。彼はただの無謀なドライバーではありませんでした。ドイツのカール・ベンツからライセンスを受け、自ら自動車を製造していた「アーノルド・モーター・キャリッジ社」の経営者だったのです。

    彼が愛車(ベンツ・モデルの改良型)でケント州のパドルズワース村を疾走していたとき、事態は起きました。

    Gemini_Generated_Image_63lylj63lylj63ly.png

    目撃したのは地元の巡査。彼はとっさに自身の相棒である「自転車」に飛び乗り、猛然とペダルを漕ぎ始めました。
    最新鋭のガソリン車が、自転車の警官とデッドヒートを繰り広げる――。現代の映画ならコメディのワンシーンにしかならないでしょう。しかし、当時の警官にとっては命がけの追跡であり、アーノルド氏にとっては、ある種の「信念」をかけた逃走劇だったのです。

    約8キロメートル(5マイル)にも及ぶ追跡の末、ついに車は追いつかれ、アーノルド氏は御用となりました。

    怪物扱いされた自動車と「赤旗法」

    Gemini_Generated_Image_63lylj63lylj63ly (2).png

    なぜ、たった時速13kmがこれほどの大罪とされたのでしょうか。
    そこには、自動車史における悪名高き法律「赤旗法(Red Flag Act)」という巨大な壁が立ちはだかっていました。

    19世紀後半、蒸気自動車やガソリン車が登場し始めた頃、世間はこれらを「人を殺める危険な怪物」と見なしていました。馬車業界からの反発も強く、1865年に制定されたこの法律は、自動車に対して極めて厳しい枷(かせ)をはめていたのです。

    その内容は驚くべきものでした。

    1. 制限速度:
    郊外でも時速4マイル(約6.4km/h)、市街地では時速2マイル(約3.2km/h)までとする。

    2. 先導者の義務:
    車両の60ヤード(約55メートル)前方を、赤い旗を持った誘導員が歩いて先導しなければならない。

    つまり、「自動車は人の歩く速度に合わせて、後ろをついていかなければならない」というのが法律だったのです。

    アーノルド氏は、この日、旗を持った先導者をつけず、あまつさえ制限速度の4倍もの猛スピード(13km/h)を出していました。それは単なる不注意ではなく、時代遅れの法律に対する、技術者としての「公然たる反逆」だったとも言われています。

    たった1シリングの罰金が変えた未来

    逮捕されたアーノルド氏は、治安判事の前に引き出されました。
    判決は有罪。科されたのは、1シリングの罰金と、訴訟費用などの諸経費でした。

    金額こそ微々たるものでしたが、このニュースは瞬く間に広まりました。
    「いつまで馬車の時代のルールに縛られているんだ?」
    「自動車はもっと速く走れるし、社会に役立つはずだ」

    この事件がひとつの呼び水となり、世論は大きく動きます。
    驚くべきことに、事件から1年も経たない1896年の後半、イギリス議会はついに重い腰を上げました。「赤旗法」は廃止され、制限速度を一気に時速14マイル(約22km/h)へと引き上げる新法が施行されたのです。

    現代につながる「解放」の走り

    Gemini_Generated_Image_63lylj63lylj63ly (1).png

    この法改正を祝って、その年の11月、ロンドンからブライトンまでを走る記念パレード「エマンシペーション・ラン(解放の走り)」が開催されました。その第1回大会には、もちろんウォルター・アーノルド氏の姿もありました。

    このイベントは、現在でも「ロンドン・ブライトン・ベテランカー・ラン」として続いており、世界最古の自動車イベントとして親しまれています。

    現代の整備士やドライバーにとって、時速13kmは「徐行」以下の速度です。
    しかし、今日私たちが高速道路を快適に走り、物流が社会を支えているのは、100年以上前に自転車の警官に追いかけられながらもアクセルを踏み続けた、一人の男の「時速13kmの反逆」があったからこそ――かもしれません。

    次に車のアクセルを踏むとき、ほんの少しだけ、この歴史的なカーチェイスに思いを馳せてみてはいかがでしょうか。

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